<レビュー> 圧倒的な独創性で観客を魅了する湯浅政明監督が作りたかった物語『夜明け告げるルーのうた』
ポップなキャラクターと、ビビッドな色彩感覚。観客の酩酊を招く独特のパースどり(遠近図法)や、美しく揺れる描線。シンプルな“動く”喜びに満ちたアニメーションの数々――。湯浅政明監督が満を持して放つ、はじめての完全オリジナル劇場用新作『夜明け告げるルーのうた』。
© 2017 ルー製作委員会
文化庁メディア芸術祭アニメーション部門大賞を受賞した『マインド・ゲーム』(04年)で長編監督デビュー以降、鬼才・湯浅政明の圧倒的な独創性は、国内外のファンを魅了してきた。そんな湯浅政明監督が満を持して放つ、はじめての完全オリジナル劇場用新作『夜明け告げるルーのうた』。
「心から好きなものを、口に出して『好き』と言えているか?」同調圧力が蔓延する現代、湯浅が抱いたこの疑問がこの物語の出発点だったという。
少年と幼い人魚の出会いと交流を丁寧な生活描写と繊細な心理描写で綴りながら、“湯浅節”とも呼ぶべき、疾走感と躍動感に溢れるアニメーションが炸裂。1999年に発表された斉藤和義の名曲「歌うたいのバラッド」に乗せ、“天才”湯浅政明がほんとうに描きたかった物語が誕生した。
© 2017 ルー製作委員会
本作を観ていると、湯浅監督がどんな影響を受けてこの動きに満ちた線を描けるようになったのかと思えてならない。アニメーションに限ったことではないが、何らかの影響を受けて「表現」は他の作品に引き継がれていくと思う。「人魚」と聴くと、ディズニーやスタジオジブリ作品を思い浮かべる人も少なくはないはず。しかし、独特な波打つヘアスタイルが可愛い「ルー」の描写や、主人公の中学生が心を開いていくストーリーのオリジナリティ溢れる本作は見事な作品だ。進路を決めてそれぞれの道を進んでいく手前の中学3年生という設定と、寂れた漁港の町・日無町(ひなしちょう)という舞台が「人魚」の物語をより豊かで説得力のあるファンタジーへと成長させている。そして「音楽」というもう一つの要素が「ダンス」へと波及して観る者を魅了してならない。
© 2017 ルー製作委員会
ここで、なぜこの物語が観客に受け入られやすい作品にしているか考えると、たまに登場する「母親と子供」の会話である。「不思議なこと」が起きたときに、案外受け入れてしまう人々の受容性が垣間見える。一言でいうと「ネオ」な感じな人々の対応だ。この会話で客観性が保たれている気がする。
湯浅監督の話に戻ると、オリジナルアニメを生み出すことは決して容易ではないが、「新しさ」があるアニメだと思う。他の湯浅監督作品を観たが『夜は短し歩けよ乙女』しかり大学生の話だ。お酒の世界の話でもあると思うし、時代設定がよく分からないところが面白い。この個性はどこからくるのであろうか。「僕のは流行を追った絵柄じゃない。「見ずらい」と言われる(笑)」とコメントしているが、今回は挑戦の意味もあり少女マンガテイストの「ねむようこ」さんにキャラクター原案を依頼したという。また作中の「水の動き」は固形物のように切り出されていることがあるが、キューブリックの映画『2001年宇宙の旅』(1968年)にもヒントがあるようだ。
© 2017 ルー製作委員会
また、この物語では登場人物の中で亡くした人への想いを抱えている2人がいる。そして「なぜ姿を消したのか?」その原因の紐解き方がいいのだか、そこにも注目してほしい。永遠の命はないけれど「想い」は残るし、人間の命の儚さと人生の楽しさを同時に感じる体験を、本作を通じて感じ取れた気がする。
いろんな才能が結集している、湯浅監督のはじめての完全オリジナル劇場用作品。まずは楽しんで、湯浅監督世界を堪能してほしい。
(文・編集 木下奈々子)
【STORY】
寂れた漁港の町・日無町(ひなしちょう)に住む中学生の少年・カイは、父親と日傘職人の祖父との3人で暮らしている。もともとは東京に住んでいたが、両親の離婚によって父と母の故郷である日無町に居を移したのだ。父や母に対する複雑な想いを口にできず、鬱屈した気持ちを抱えたまま学校生活にも後ろ向きのカイ。唯一の心の拠り所は、自ら作曲した音楽をネットにアップすることだった。
ある日、クラスメイトの国男と遊歩に、彼らが組んでいるバンド「セイレーン」に入らないかと誘われる。しぶしぶ練習場所である人魚島に行くと、人魚の少女・ルーが3人の前に現れた。楽しそうに歌い、無邪気に踊るルー。カイは、そんなルーと日々行動を共にすることで、少しずつ自分の気持ちを口に出せるようになっていく。
しかし、古来より日無町では、人魚は災いをもたらす存在。ふとしたことから、ルーと町の住人たちとの間に大きな溝が生まれてしまう。そして訪れる町の危機。カイは心からの叫びで町を救うことができるのだろうか?
【作品情報】
キャスト:
谷花音 下田翔大 篠原信一
柄本明 斉藤壮馬 寿美菜子 千鳥(大悟、ノブ)
監督:湯浅政明
脚本:吉田玲子・湯浅政明
音楽:村松崇継
主題歌:
「歌うたいのバラッド」斉藤和義(SPEEDSTAR RECORDS)
キャラクターデザイン原案:ねむようこ
キャラクターデザイン/作画監督:伊東伸高
美術監督:大野広司
フラッシュアニメーション:アベル・ゴンゴラ ホアンマヌエル・ラグナ
撮影監督:バティスト・ペロン
劇中曲・編曲:櫻井真一
音響監督:木村絵理子
制作プロデューサー:チェ・ウニョン
アニメーション制作:サイエンスSARU
製作:
清水賢治 大田圭二 湯浅政明 荒井昭博
チーフプロデューサー:
山本幸治
プロデューサー;
岡安由夏 伊藤隼之介
企画協力:
ツインエンジン
配給:東宝映像事業部